クリエイティブ・インスパイア

現代美術の専門誌を中心に事業展開する「美術手帖」と、簡単に本格的なデジタルペイントが楽しめるペイントソフト「openCanvas」によるコラボレーション企画です。5名の若手アーティストが、「openCanvas7」を用い、新たな表現を切り拓きます。そこではどんな化学反応が起こるのでしょうか。openCanvasで作品を制作したその手応えに迫ります。

vol.3 山科ティナさん

繊細な気持ちの動きを、ずっと覚えていたい───

はじめての、

拡大する

イラストやマンガを発信し、ミレニアル世代に人気を得ている山科ティナさん。恋愛感情だけでなく、コンプレックスや嫉妬の感情を扱いながら、時にはドキッとさせるような距離感で読者に迫る作品を描いています。Webでの新しいコンテンツ表現を模索し続けるティナさんに、ペイントソフト「openCanvas(以下、oC)」を使っていただきました。

気持ちの変化を表現のなかに

── oCのイベント機能(絵の描画手順を再生する機能)を活用して、向かい合う男女の心境を、出たり消えたりする吹き出しで表現していただきました。

山科 せっかく動画のように記録できるので、マンガとアニメーションの中間みたいな感じにできないかなと考えました。中学校3年生から高校1年生くらいの子を想定して描きました。初々しくて繊細で、そして微妙な気持ちの変化がとてもたくさんあるので、こういうかたちで表現したら面白いのでは、と思いました。ちょっとした変化で気持ちが少しずつ変わっているというのが、動画表現にはまりやすいかな、と感じました。

── 見ているこちらがドキッとする。台詞が次々に出てきて、甘酸っぱいプロセスを再現していますね。

山科 はじめて使うソフトで私自身が模索しながら描いているということと、“はじめてのキス”という内容がちょうどリンクするかな、と少し意識しています。

──絵のアタリも取らず、ダイレクトにいきなり描き始めていますよね。

山科 (笑)そこは動画を意識していたので、急に絵が出てきたほうがドキッとするかなと思ってそうしました。遊び心で。

── イベント機能は、マンガよりも登場人物のモノローグに合う印象を受けました。動きの変化でしたらマンガやアニメーションのほうが適していますが、動かない男女の気持ちの変化を表現するには、こちらのほうが向いています。この、キスする/しないの瞬間のあいだに、様々な感情が表出されるのが伝わってきますよね。

山科 はい。マンガともアニメーションとも違って、不思議な感じで面白かったです。

淡いアナログの色を表現

── ソフトについても伺わせてください。日頃使っているソフトとの違いはありましたか?

山科 チューリップを描くときに、ブラシがいままで使ったことのないブラシだと思いました。クレヨンやパステルのブラシがアナログのふわっとした感覚に近くて、とても楽しかったですね。マットな紙に本物のクレヨンで描いているような、普段使っているソフトよりもしっとりした感覚になって新鮮でした。

── もっとアナログっぽさを表現できるようにと、新しいバージョンでブラシの種類をかなり増やしました。それを見事に使って頂けて嬉しいです。今回そのブラシはどの部分に使われているのでしょうか。

山科 半透明にかすれているところです。いつもは髪の毛など、シルエットが決まっている人物のパーツはバケツでベタ塗りすることが多いのですが、今回はふわっとした初恋のイメージを出したかったので、全部このブラシを使って描いてみました。うまく恋心が表現できたと思います。

イベント機能の動画を見る山科ティナ 撮影=伊藤圭

繊細で切ない、思春期という時期

── 最近はマンガの作品が増えましたね。いまはストーリーをつくることのほうに関心がどんどん向いているのかなと思いました。

山科 表現としてマンガがいまは面白いと思います。ストーリーもそうですが、やっぱり人を描けるのがマンガの特徴です。キャラクターのちょっとした気持ちの変化ですね。

── 制作にあたって、こういうものを描こうという想定はありましたか?

山科 なにか初々しいものを描きたいなというところから始めました。恋愛モチーフ自体は普段の仕事でもよくあるのですが、今回はもっと、残したいと思うものを描きました。自分の年齢がどんどん上がっていくにつれて、“初めて”の気持ちが失われていっていると感じます。この忘れていく感覚が、すごく切ないなと思ったんです。だから、それを思い出させるような絵にできたら、と思ったのが始まりですね。

── この年代を“(絵のなかに)残したい”と思った、ということでしょうか。

山科 この年代と言うより、思春期、なのかもしれないです。思春期の訪れる時期は人によって前後しますが、中学生や高校生のときの気持ちを、20歳を超えたらもう同じようには味わえなくなるな、とすごく感じます。恋愛はもちろん、友人関係や学校のこともすべて、です。多分、この時期に一通り経験してしまって、その先のことを予想できるようになるのかもしれないですね。期待もしなくなって、自分が傷つかないようにするための予防線とかも、どんどん器用に張れるようになっていって。悩んだりドキドキしたり、そういう感情をどんどん感じなくなっていくのかなと思ったら、それはすごく切ないな、と。だから、そこを残したいですね。

── 関心に思う対象は、自分の年齢や環境の変化とともに変わっていくものだと思います。例えば10代だったら同じクラスの人に、20代だったら働く人たちのほうに関心が向く。でもそれとはちがって、ティナさんの場合は思春期のなかにずっと残したいものがあるのかもしれない。それは、ティナさんがこの時期に印象の強い思い出があるからなのでしょうか。

山科 私は子供の頃中国の広州にいました。日本に来た10歳から14歳くらいまでが私の思春期だったのですが、その頃は感情が豊かすぎて、いろんなことに対してすごく衝撃を受けていたのかもしれない、といまは思います。ガラッと環境や文化が変わって、周りと自分とのギャップも感じたりして。日本と中国では人間関係のつくり方などが全然ちがいました。そもそも自分と他者との差に敏感な時期でもありました。

── 親友や恋人を意識したり、他者に興味を持ち始める時期なのかもしれないですね。

山科 それまでの興味は、自分のこと、もしくは自分と家族のことだけだったのかもしれない。

── その頃の強い経験や気持ちを残したいという思いが、ティナさんは強いのですね。今後その残したい対象が、変わるのか変わらないのか。10年後にティナさんが何を描くのか、楽しみですね。

山科 そうですね。私もどうなるんだろうって思います……(笑)。大学生の頃の生活も、きっともう少し経ったら懐かしく感じるはず。だからこそ、ずっと残るものへの憧れがあるんですね。その意味では、より子ども向けの作品を描きたくなるのかも、という予感もしています。

撮影=伊藤圭

Profile

マンガ家、イラストレーター。主な書籍に『#140字のロマンス』(祥伝社、2017年)、『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(さえりと共著、PHP研究所、2017年)、『#アルファベット乳の、オモテとウラ。』(太田出版、2018年)

Scroll Up