第16回 PDFとフォント

フォント:文字の表示に不可欠な仕組み

PDFは、プリンターで印刷されるイメージを、モニターの画面でも表示できるようにする電子文書の仕組みです。この電子文書はどこでもいつでも同じように再現できる仕組みも持っていますが、その肝はフォントにあるという話をしたいと思います。
人間が視覚から文書の情報を得るという前提で考えた場合、PDFという電子文書はおおよそ3つの要素で作られています。

  • ・テキスト(フォント*1という文字の形のデータを使って表示される文字)
  • ・写真のように色の点(画素)の集合体で表現される画像
  • ・直線や曲線などの組み合わせで表現する線画

PDF上でテキスト(≒文字)を表現するには、文字の形の集合であるフォントがどうしても必要です。パソコンやスマホを使っていると、普段は空気の様に特に意識もされないフォントですが、文字の形はとても重要です。特に商業印刷などのイメージをPDFで正確に再現する必要がある場合、制作していた時に使っていた形と、PDFになってパソコンで表示されたときの形が異なることは許されません。
Windows上で動作するMicrosoftのWordで「あ」という日本語の文字を書き、「MS ゴシック」というフォントを指定したとします。この文字の字形を世界中のパソコンで同じように表示させるにはどうすればよいでしょうか。
最新のWindowsでは日本語環境をインストールすることで、同じ「MS ゴシック」フォントを使って画面表示やプリンターでの印刷が可能です。おそらく20年前なら不可能だったでしょうが、今なら難なく実現できます。
では、さらにこれから20年後、50年後はどうでしょうか。これまでの歴史を鑑みると、100年後に今と同じような仕組みのコンピューターやOSは使われていないかもしれませんが、PDFは生き残っている可能性は高いでしょう。
ある「条件」を満たしているPDFであれば、おそらく今後100年後、1000年後もおなじ形の「あ」を画面表示やプリンターでの印刷が可能となります。
その「条件」とは「フォントの埋め込み」です。電子文書も、ロゼッタストーンや死海文書のように数千年先まで同じ情報を伝えるには、形の変わらない仕組みが必要です。フォント(文字の形)を埋め込むことができれば、PDFは現代のロゼッタストーンになりえます。

パソコンとフォント

PDFが誕生したころは、パソコンに使われているフォントは今と比べてかなり劣った仕組みを使っていました。ビットマップフォントと呼ばれ、写真の画像の様に点の集まり(図1)で文字の形を作っていました。
その後、数式を使った図形で字の形を表現するPostScriptフォントやTrueTypeフォントといったアウトラインフォント(図2)が登場します。

図1:拡大すると、ギザギザに表示される
図2:拡大しても、綺麗に表示される

欧米では、印刷物の文字組を作り出す写植機にアウトラインフォントが実装されて久しい時代でした。当時のAdobeがPostScriptフォントを世に出す際も、権利関係が特に重要で、文字数も少ない欧文フォントのアウトラインフォント化自体は比較的容易だったろうと想像できます。
しかし、我が日本では、写真のフィルムに写っている文字を印画紙に転写する写植機が最先端で、例えお金を出しても、フォントベンダー以外のユーザーが利用できるようなアウトラインフォントは存在しませんでした。
日本ではアウトラインフォントを作ることから始めなけらばなりませんでしたが、この試練を乗り越え、日本語のアウトラインフォントのデファクトスタンダードになったのが、AdobeのPostScriptフォントでした。フォントビジネスの成否は、技術力もさることながら、いかにフォントの数を増やし、業界のデファクトスタンダートになるかにかかっています。PostScriptフォントという唯一無二の資産を手に入れたAdobe社は、その後、世界のグラフィックデザインを激変させます。
そして、PDFを世に出したAdobe社は、そのフォントベンダーとしての影響力を、PDFの普及と品質向上のために上手に利用します。フォントベンダーの多くがPDFにフォントを埋め込むことを認めたからこそ、今のPDFの普及があるといっても過言ではないでしょう。

フォントはタダでは使えない!

小難しい話ですが、実はフォントのデータを使うにはフォントのライセンスが必要です。テレビや映画で使われる字幕ですら使用料を払い、使用許諾を得たフォントのみが使われます。パソコンやスマホで使われているフォントもしっかり使用料が払われています。
冒頭でPDFを環境に依存せずに表示するにはフォントを埋め込む必要があるとお話しましたが、この「フォントを埋め込む」行為も使用許諾が必要になります。
AdobeはPostScriptフォントの開発経緯から日本語フォントのフォントベンダーと強いつながりをもっており、この使用許諾をフォントベンダーから取り付けることに成功します。
今日では、PDFにフォントを埋め込むことは当たり前のように行われていますが、こうした努力の末に今のPDFがあるわけです。AdobeがPostScriptフォントを持っていたからこそ、PDFも他の電子文書フォーマットを凌駕できたといえるのかもしれません。

  • *1:用語集(筆者による定義であり、慣用的な用例を含みます):
    字形:字体(点や線で構成される文字の概念的イメージ)を実際に図形にしたもの。
    フォント:統⼀されたデザイン・表現で制作された字形の集合体。今日ではコンピューター上で利用できるデジタル化した字形のデータを指す。
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